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zoom RSS 第三回〜自然と人間〜

<<   作成日時 : 2006/10/27 20:37   >>

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よく「自然を守ろう」とか「地球のために」「地球保全」

なんて言葉が出てきて、あたかも地球を人間が操作しているような印象をうけるフレーズがありますが、あれはおかしいと思います。

樹木が無くなって困るのは誰か?
水が枯渇して困るのは誰か?

絶対地球じゃない。

明らかに人間や他の生物です。

別に地球は樹木がなくなったって、水がなくなったってそんな事どうでもいい。

困るのは自分達生物です。

それを何故「地球のために」のような表現をするのか?地球保全じゃなくて自分保全な気がするんだけど。

なんでか誰か教えてください。

まあ、自然や人間を含めて「地球」って言うならわかるけど、それなら地球が地球を救ってるんであって人間が救ってるわけではない。

そもそも人間に地球を救おうなんて考えがおこがましい。

自然動物もそうだけど、どこまで人間が動物に手を加えていいのかな?
人間の過剰な接触による反自然な結果に対しては人間が補填するのは正当性がある。
まあ、人間も自然と考えると何をしても、地球が汚染しようがそれが自然なんだけど。
やっぱ人間と自然は区別しないと何も考えがすすまない。
「創造力」という人間を人間足らしめるものがある以上、人間は自然から幸か不幸か分離した存在なんだろう。
そういう存在になった以上、動物と人間をしっかりと定義しなおして、ある程度明確な境界線を創らないと、人間のエゴは進むし、動物の過保護は発生するし、ろくな事がない。

それにしても人間って不自然な存在だな。自分の思うままに生きる事が許されないのだから。
人間は生まれながらにして不幸とはよくいったもんですね。

別に人間が嫌いなんじゃないんだよね。好きだけど、自分の存在を自然(地球)の中で定義できない事がもどかしいというか何と言うか。

人間と自然のあるべき境界線はあると思うんだけどな。



食べるために動物が絶滅してもそれは自然な事だと思う。保護する必要性は無い。
絶滅すればいいんだ。弱い生物は絶滅してきたじゃないか。

そういや、人間は本来的に自然を制圧したいという欲求があるんじゃないか?

人間は様々な自然からの脅威に耐え、克服してきた。産業革命によって「時間」までをも自分達のものにした。「発展」していると言うと、ハイテクノロジーを想像しますが、ハイテクノロジーは自然を超えるためのものであり(結果的に)人間は発展を望む。一部を除いて誰も後退は望まない。

これからも人間と自然の闘争は続くんだろう。いくら人間が自然の保護を訴えても、現実として自分達は自然の征服に突き進んでいるのだ。

最終的には地球を破壊するのは人間だな。

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